「ノスティミア」はギリシャ語で「美味しい」を表す言葉です。
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ギリシャ人でなければ野蛮人!?

<< エッセイ

With the Eyes of a Greek

1
ギリシャ人でなければ
野蛮人!?

2
私の生まれた土地:
キミ

3
私の初めての日本訪問


4
汚れなき山頂


5
ギリシャのイースターは
必見!!


6
ペロポネソス半島を
訪れる


7
彼らは学ぶだろうか?


8
クレタ島-3つの大陸の
出会うところ


9
ギリシャの自然

10
ギリシャを訪ねたとき


私は幸運な人間です!
なぜなら、私は3つの異なる文化の生活を体験してきたという滅多にいない人間に属するからです。
最初の四半世紀を母国であるギリシャで過ごした後、私はほぼ同じくらいの年月、イギリスに住みました。そして今は日本にいます!
異なる文化の人々と交流するのは魅惑的なことです。とりわけ、いつもその行動やリアクション、自分や相手の文化を比較し、予測できることや予測できないことに遭遇していたらなおさら……。しばしば私は考えました。「ギリシャ人ならこうする、あるいはこう言う……」それは枚挙にいとまがありません。

西洋文明の誕生の地、芸術作品を創造したのみならず、おそらく世界で最も偉大な思想家たちをも生み出してきた文明の地に生まれ、私は母国への愛と、(不十分とはいえ)その歴史と文化についての知識をみなさんと分かち合うことが私の義務だと感じます。私にできることをしようと思います、つまり私の目をみなさんにお貸しします! それで皆さんもギリシャ人の目でギリシャをご覧になることができるでしょう。

「ギリシャ[Greece]とギリシャ人[Greek]」という言葉は,「ヘラス[Hellas](古代ギリシャ語でギリシャのこと)」「ヘレネス[Hellenes](古代ギリシャ語でギリシャ人のこと)」よりも古い言葉で、GRAESという語に由来しています。それは「賢い」とか「自由な」という意味です。ギリシャ人たちは自分たちをヘレネスと呼び、自分たちの国をヘラスと呼びます。

ロバート・グレーブスは、伝説によればデウカリオン[Deukalion]の息子ヘリン[HELLIN]は、地の女神とも呼ばれる女神GRAIAの寺院の女祭司の摂政だったと言っています。大地に対する崇拝は後になって太陽[HELIOS]への崇拝によって影が薄くなりましたが、HELLINは太陽HELIOSと月の女神SELINIをつなぐ存在でした。つまり,より古代の"GRAECI"すなわち老賢人たちから、教化された"HELENES"への移行を体現する存在だったのです。

HELLENEにあらざるものはすべてバーバリアン(野蛮人)?

バーバリアン[Barbarian]という言葉は今日では、「原始的で文明化されていない、教育されていない、粗野な、洗練されていない、野蛮な」という意味ですが、本来この言葉は「ギリシャの文化や教育に浴していない人」という意味なのです。この章の見出しに掲げた表現は、古代ギリシャ世界では広く使われた表現でした。ギリシャ人種の優越性を強調するための表現ではなく、訓練と教育の重要性を訴えるために使われたのです。人種間の平等ということの、初期の例がここにあるのがわかるでしょう!

古代ギリシャ人は私たちが今日知っているような国民としてのアイデンティティという概念は持ちませんでした。どこで生まれようと、肌の色がなんであろうと、だれでもギリシャ人でありえたのです。統一する要素は、ただ教育だけでした。ギリシャ式の訓練や教育を受けたものは、だれでもHELENE——つまりギリシャ人だったのです。
これは、時を経ても変わらずにある伝統です。次に述べるできごとがあったのは、たった2年前のことでした。
——国の祝日や学校の行事で、最優秀の生徒が学校の旗を持つ旗手となる栄誉を受けるのが、ギリシャに古くからある伝統です。優秀さに対する報酬であり、子供にとっても両親にとっても誇らしい瞬間です。国旗は国のシンボルですから、旗を持つにはギリシャ国籍であることだけは資格として必要です。ある学校で最優秀の生徒がたまたま民族としてはアラビア人でした。学校は彼に国旗を託しました。彼はギリシャの教育を受けていたのでHELLENEなのです。


思想としてのギリシャ

ギリシャは単なる国ではありません。それは、ひとつの思想なのです!
「ギリシャ思想」は「論究」にその基礎をおいています。「なぜだ?」と訊ねることで権威にたてついたのは、すべての人間の中でギリシャ人が初めてでした。他の人々が疑問もなくその支配者を受け入れ、彼らに聖なる地位を与えていたとき、ギリシャ人は彼らがいなくてももっと上手くやっていける、と決意したのです。それがデモクラシーの誕生でした。デモクラシーは「ひとりの人間の判断は、すべての人間の集合的な判断ほど良くはない」という原理に基づいています。この原理によって法を作り、統治する責任が人々に与えられています。人々はその代わりに自らの生活を改善する方法を生み出さなければなりません。それゆえ人々はみなが進歩するために他のものに彼らに代わって「思考」してもらうよりも、自分たちで考えるのです。

「従う」という言葉は法に対してのみふさわしいものでした。彼らは自分たちが創出した「法」に従いました。彼らが従うのにふさわしい「人間」はだれもいませんでした。テルモピュライ(480B.C. にスパルタ軍がペルシア軍に大敗したギリシアの山道)の戦いでスパルタの法律は戦いに降伏したり退却することを許しませんでした。それがスパルタ王レオニダスとその配下のスパルタ兵300人の運命を決めました。一人残らず死んでしまったのです。彼らの墓の碑文は「通りかかるものよ、スパルタの人々に伝えてくれ、私たちはここに眠る、法に従って」。
同様にソクラテスは友人の影響力を用いて死刑が減刑されるようにすることを拒否しました。彼にヘムロック(毒)をあおることを命じたのはアテネの法律だったからです。なにしろ彼はこう言った人です——「法を作り、法に従って生きることが必要なのだ」。

このような自由思考の風土において「ギリシャ精神」は芸術において比肩しがたい傑作を生み出しました。哲学者や科学者たち、医者や天文学者、歴史学者や詩人を生み出し、彼らの作品は時の流れにうち勝って朽ち果てることなく2500年経った世界でも頂点に君臨しているのです。


ギリシャの神々

「はじめに言葉ありき」。ヨハネの福音書はこのように始まっています。ロゴス[LOGOS]という言葉はギリシャ語で「言葉」という意味で、これに由来するLOGIKI(LOGIC=論理)という言葉は、理由を伝えるという意味です。思考は他の思考する存在に伝えられなければ無用のものです。ギリシャ人は討論の発明者で、彼らの都市の中心部であった「アゴラAgora」(雄弁家の場所という意味)は、市民たちが集い、何時間もあらゆる主題について討論していた場所でした。討論を通じて彼らはあらゆることに理由を探そうとしました。彼らの宗教的信念が道理に基づいているのは、ですから偶然ではありません。自然は命を与えるもので、それゆえに力強く、崇拝に足るものです。しかし実際に形に表せないものを崇拝するのは彼らの理性が許しません。そこで彼らはそれに形を創りました。人間の形です!

彼らの神々は、私たちに似た姿です。「エロス」のような幼児から「ゼウス」「ポセイドン」のような老人、「アポロ」のようなハンサム、「アテナ」のように賢かったり、「ヘラ」のように家庭的、「アフロディーテ」のようにセクシーだったり。彼らはまた、人間的な特性や短所を持ち、力もあれば弱点もあります。一言で言えば私たちの手の届く存在なのです。ここでもまた、輝かしきギリシャ式の考え方が見て取れるでしょう。人間の支配の場合におけるように、彼らは神が古い時代や他の文化におけるように怪物のごとき存在だと主張することを受け入れません。
また、動物の形を与えることもありませんでした。彼らは,人間こそが優れていると知っていたからです。それゆえ彼らの神に彼らの理解における「優越者」の形を取らせるのは当然のことです。

「はじめに言葉ありき」。福音伝道者は正解でした。「ロゴス−言葉」が理性の前に来ます。言葉に理性を伝達させなければなりません。それがプラトンやアリストテレスがその哲学を追究したやり方であり、のちに「ロゴス」を用いてキリスト教の神の存在を説いたイエス・キリストのやり方だったのです。

フラギス アサナシオス
(サナ)
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