「ノスティミア」はギリシャ語で「美味しい」を表す言葉です。
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ヨーグルトの歴史

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アメリカや西ヨーロッパでヨーグルトの人気が出てきたのはごく最近のことです。
しかし、ヨーグルトは人間に知られた最も古い食品のひとつで、東南ヨーロッパや中東、中央アジアや極東の一部では、何千年にも渡って基本的な食物でした。エジプトのファラオたちの文書にはヨーグルトについて述べた箇所がいくつもありますし、古代イスラエル人たちの好物でもありました。
ギリシャ人たちは、ヨーグルトが健康に良いことをよく知っていました。紀元前5世紀の歴史学者ヘロドトスもヨーグルトに言及していますし、紀元前2〜1世紀の有名な医者であるガレノスは鎮静作用と腸をきれいにする効果がある、とヨーグルトを賞賛しています。
ヨーグルトはローマ人たちも喜んで食べていました。10世紀の知識人であり自然科学者である大プレニウスは、ヨーグルトの大ファンの1人でした。
ヨーグルトはまた、中世のアラブ世界でも尊重されました。633年にダマスカスで書かれた科学の本は、その治癒力のある性質を讃えています。

ヨーグルトが、人間がそれについて書くよりずっと以前から存在していたことには疑いはありません。その発見は偶然だったのかもしれません。ヨーグルトは、中東の、現在のトルコあるいはペルシャ(イラン)付近の地域のどこかに最初に現れたということが広く信じられています。それが最初にどのように形作られたのかについては、多くの説があります。
そのうちのひとつは、ヨーグルトは、新石器時代(紀元前1万年頃)に人間が動物から乳を搾ることを覚えたときに発見されたと言います。乳を入れた土器が数時間放置されて温まり、ヨーグルトになったのです。暑い気候と衛生的な状態がなかったことがあいまって、ヨーグルト菌の存在にとって豊かな環境となり、自然に増殖していったのです。

しかし、ヨーグルトの始まった状況はどうであれ、その心地よい味は別としても、ヨーグルトは乳を保存する素晴らしい方法でもあるということがまもなく発見されました。古代の羊飼いたちは、乳を沸かして、少量のヨーグルトを注入し、動物の皮で覆って温かく保っておくことを覚えました。このようにして、ヨーグルトは彼らの食生活の重要な要素となったのです。

ヨーグルトの利用は中東から遙か彼方の地まで、商業や戦争の発展に伴って拡がったと信じられています。一方、その他の地域では、やはり動物の乳をその食生活に使った別の諸民族によって、その他の酪製品が発見されたに違いありません。
ペルシャ侵攻がインドにヨーグルトをもたらし、その地でそれはすぐに人気が出ました。
紀元前500年から飲食物について厳格なルールを作っていたヨガ行者は、ハチミツと混ぜたヨーグルトは神の食べ物である、と考えています。
7世紀には、アジアの遊牧民であったブルガリア人たちがバルカンに定住し、その地にヨーグルトをもたらしました。
西ヨーロッパへヨーグルトがもたらされたのは、16世紀だと言われています。腸の病気で弱っていたフランス王フランシスI世が、羊や山羊の群とともにコンスタンチノープルから歩いてやってきた羊飼いによって看病されて健康を回復したのです。この珍しい「医者」は王のためにヨーグルトを作り、それを食べた王は治ったのです。これがおそらく、フランス人がヨーグルトを「永遠の命の乳」と呼ぶ理由でしょう。実際には、16世紀より前にヨーグルトは西ヨーロッパの修道院にあったのですが、一般にはあまり知られていなかったのでしょう。

しかし、西洋においては1920年代や30年代になってもまだヨーグルトはほとんど知られていませんでした。ヨーグルトが商業的に生産されるための道すじを整えたのは、優れたロシア系フランス人細菌学者(パリのパスツール研究所長、1908年には感染と戦う白血球の能力についての研究で医学生理学分野ノーベル賞受賞)のメクニコフ博士(1844-1916)でした。メクニコフ博士は、人間における早期老化の研究で、ブルガリア人たちの生活様式と食生活について調べたのです。
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